

本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠248軒と東海道随一の規模を誇っていた宮宿は「熱田宿」とも言われ、熱田神宮の門前町であるとともに、桑名宿への海上航路の玄関口であった。慶長6年(1601)宿駅に制定されると、宿場町として発展し、当時は人口1万人を超えていたと言われている。また中山道垂井宿にいたる脇街道美濃路や佐屋街道との分岐点でもあり、「七里の渡し」の渡船場を中心に、大いに賑わったという。
七里の渡し跡がある「宮の渡し公園」には常夜灯などが復元され往時が偲ばれる。裁断橋址、都々逸発祥の地などの旧跡もほどよく残り、熱田神宮の参拝と共に、湊町の風情を感じることができる。



宮宿から桑名宿へと渡った航路はその距離から「七里の渡し」と呼ばれていた。その渡船場のあった場所は公園として整備された。船の出入りの目印となった常夜灯は時の鐘などが復元され、夜はライトアップもされる


火防開運の神。毎年12月16日の夜に炎の上を素足で駆け抜け無病息災を願う「火渡り神事」が行われます。


江戸時代に旅籠のお手伝いさんによりこの地から広まったとされる都々逸(どどいつ)の記念碑が立つ。


明治29年建造の料亭であった建物。町家の伝統的な様式を継承した貴重な歴史的建造物。


東海道にあった橋で、戦で子を失った母の思いが擬宝珠(らんかんの飾り)に綴られていた。姥堂の境内に縮小された橋が残っている。


美濃路との分岐点の道標となっていた石碑が、往時のまま今でもひっそりと残っている。


総面積約3.7haと名古屋随一の規模を誇る池泉回遊式庭園。園内には茶室もあり、四季折々の風情が楽しめる。