

織田信長と今川義元による「桶狭間の戦い」と「有松・鳴海絞」で知られる鳴海宿。今も受け継がれる伝統の染め物「有松・鳴海絞」は、元は尾張藩が財政確保のために絞り染めを推奨したことが始まりとされている。色鮮やかな絞は旅人の間で大変な評判となり、鳴海宿を訪れる女性たちはこぞってショッピングを楽しんだ。その繁盛ぶりは「東海道中膝栗毛」にも登場し、広重や北斎の浮世絵にも何枚も描かれている。
かつて「有松・鳴海絞」の店が並んでいた道筋には、今も往時が偲ばれる町家が軒を連ねている。東海道の中でも江戸時代の風情を色濃く残す宿場町である。


総瓦葺、なまこ壁、格子、虫籠窓の町家が連なる有松の町筋は市の町並保存地区に指定されている。通りには町屋風の茶店や有松・鳴海絞の実演を行う施設もある。



江戸時代に置かれていた高札場(宿場町の大きさや運賃などを記した案内板)を再現。往時の繁栄ぶりが伺える。


桶狭間の戦いの中心となった地を公園として整備。園内には義元の墓などの碑や史跡が点在し、信長・義元両雄の像も立っている。


文禄年間(1592-96)に創建された曹洞宗の寺。山門には樹齢300年の松の大木が立つ。


有松の町並みに建つ江戸末期の大屋敷。連子格子、なまこ壁、うだつなど当時の様式を今に残す有松を代表する建物。


天文7年(1538)、善空南立上人(ぜんくうなんりゅうしょうにん)の創建。桶狭間の戦いのとき、上人は住民を率先して、今川勢に酒食を提供したといわれる。